「彰先輩っ!!どうして僕に教えてくれなかったんですかぁぁぁぁ!!」
朝っぱらから学校中に怒濤の声が響き渡った。人々の目は一気に正門にいる二人の男子に注がれた。
「わ、悪かった。悪かったから少し落ち着いてくれっ」
そこに佇むは、祗譲彰。その姿を見るだけで何人もの女生徒が頬を染めるくらいの美形。まさに学園のアイドルともいえる彼だが、現在は非常に困った状況に置かれている。それというのも彰の目の前にいる彼、日立 和弥(ひたち かずや)のせいにほかならない。
「ああっ、みなさんの活躍を見守るのが僕の使命であり運命であり趣味であるのに〜〜〜っ!!!」
彰がそこにいるということだけで目立つのに、彼はまた違う意味で人の目をひく。
和弥はこの櫻花高校の2年生。報道部に所属している。彼の手がけた学内新聞はいつも売り上げが好調だ。なぜならほとんど彰の記事ばかりを載せた新聞であるから。
「きっとみなさんで、僕をのけものにして楽しんでたんだっ。所詮僕は日陰で新聞書いてるのがお似合いなんだぁぁぁ〜〜〜〜っ!!!」
「だから悪かったって・・・」
彰はどう対処していいのかわからない。こういうとき和弥をなだめられるのは決まって・・・。
「おはようございます、祗譲先輩」
「おはようっ、彩音。なんとかしてくれっ」
「な、なんですか、いきなり・・・」
いつも遅刻ぎりぎりに来る彩音が、余裕を持って学校に来る事自体が珍しい。そんな彩音を救いの女神だと信じて疑わないほど、今の彰は切羽詰まっていた。突然の事に驚きを隠せない彩音だったが、彰の隣に和弥がいるのを見て事態を悟る。
「おはよう、和弥。」
「彩音〜〜〜!!どうして僕に黙ってたんだよぉぉぉ!!」
彼のあまりに崩れた顔に圧倒されながらも、なんとか必死に耐える彩音。
「そ、そんなに叫ばないでよ。大丈夫、次の・・・最後の<玄武>の時は必ず連れていってあげるから」
「ホントに?そんな事言って<青龍>の時みたいにまた僕をのけものにするんだ〜〜っ」
「ホントだってば。あ、そうだ、こないだ和弥の家にいる地霊の話聞きたいって言ってたでしょ?あれ、聞かせてあげてもいいよ」
「えっ?ホント!?いや〜、悪いねぇ」
和弥は結構単純だ。彼の興味があることを話題に出せばすぐに前の事は忘れさせることができる。そんな和弥を丸め込むなど、八方美人・世渡り上手を自称する彩音には簡単なことだ。
というより、彰がそのような術をもたないのが原因である。
和弥の興味があることは"人外"のもの。地霊と交信できる彩音、霊と話せる翔。そのあたりの話題をだせば食いついてくる。
あとは・・・。
「お〜っほっほっほっほ☆ おはようございますっ、彰様っ。さあっ、今日はどこへデートに行きますかしらっ?」
いつもの笑いと共にさっそうと現れたひばり嬢。彼女の偉そうな姿を見とがめた和弥は、忍者さながらに忍び足にてその場を後にしようとしている。
「あらっ?和弥さんっ!?」
だがあっさりと見つかった。びくりと肩を揺らす。
「和弥さんっ?今週の彰様ファンクラブ会報用の記事、まだ頂いてませんわよ?はやくしてくださる?」
和也はバツが悪そうにひばりを見やる。彼の視界にはなんとも威圧感のある恐ろしいものの象徴としてひばりが見えていたのだろう。和弥はさっと顔を青くすると無言のまま、しかも素晴らしい早さでその場を駆けて行った・・・。
和弥はかわいそうなことに、彰ファンクラブの会報用の記事まで書いている。もといひばりにかかされている。いつも締め切り近くになると記事を取り立てにやってくるので、反射的に恐ろしくて逃げてしまうと前に和也がもらしていたのを彩音は思い出していた。確かに・・・あのひばりに迫られたら誰だって逃げるに違いない。
「逃げるなんて卑怯ですわよっ!」
ひばりは逃げていく和弥を鬼のような形相で追いかけようとする。その様はまるで取り立て屋そのもの・・・。
「あ!お、おはよう、ひばり。」
和也があまりに哀れに見えて、彩音はひばりに声をかける。振り返ったひばりはまさに鬼のよう・・・。彩音から見ても十分に怖い。
「あらっ、楴柳さん。残念ですけどわたくしあなたにかまっているヒマなどありませんわよっ」
「いや、別にかまってほしくはないけど・・・、祗譲先輩、どっかいっちゃったよ」
ひばりの横から忽然と彰が姿を消していた。ひばりが和弥に気をとられているスキに、彼もまた誰にも気取られないようにその場を後にしていたのだ。あのひばりが気付かなかったのだ。他の誰も彰が去っていたことには気付かなかっただろう。
「彰様っ、隠れるほど公衆の面前でわたくしと愛を語らうのは恥ずかしいということですわねっ。なんてシャイな方っ」
相変わらず勝手な解釈だと、彩音は心からため息をつくしかない。
「それでは楴柳さんっ、ごきげんようっ☆ 彰様〜〜〜〜っ」
ひばりはすでに姿形のない彰を追って猛スピードで行ってしまった。あの勢いでは前にいる誰もが避けて通るだろう。
「はぁ、今日も平和ね〜・・・」
彩音はため息をつきながら校舎へと足を進める。
(ん?そういえば、和弥と会ったのはいつだったっけ。たしか・・・去年の<白虎>出現の時だから・・・)
まだ彩音が1年生の頃、豊から召集がかかった。場所はもちろんいつもの池袋の喫茶店。
時は事もあろうに12月25日、クリスマス・・・。
「なんでクリスマスに招集なのよ。ああ、私のクリスマス・・・」
恵ががっくりと肩を落とす。
「恵先輩、デートですか?」
彩音がすらっと訪ねる。
「ちがうわよ、友達とホームパーティーがあるの。でもキャンセルね。はぁ・・・」
恵ほど美人だったら彼氏なんてすぐできそうなものだが、本人いわく占いで忙しくてそれどころではないという話だ。
「と、いうことでちょっと電話してくるわ」
「はーい、いってらっしゃい」
恵は携帯片手に外へ出ていく。その後ろ姿にはどことなく哀愁が感じられる。
「悪いことしたかな・・・」
いつもは見られない恵の落胆ぶりに、豊が申し訳なさそうにつぶやく。
「そんなことないんじゃないですか?こればっかりは仕方ないですよ」
彩音が笑顔でフォローをいれた。その笑顔にはどことなく癒される。
「彩音はいいのか?せっかくのクリスマスなのに」
「私ですか?私は別に・・・。家に帰って寝てるだけだし」
「そうか。ならいいんだけど」
と、突然携帯の着信音が流れた。彩音と豊が音のする方に視線をやると、ちょうど彰が携帯を取り出すところだった。
「私はともかく、祗譲先輩が何の予定もないほうがおかしいと思うんですけど・・・」
「俺もそれは思ってたんだ。一応彰ってモデルだろ?」
「豊先輩、一応は失礼ですよ。一応は」
「あ、そうか?」
「そうですよー」
豊と彩音の千万失礼な会話だったが、当の彰はというと・・・。
折りたたみの携帯を開いて・・・そして閉めた。
「取らないんですか?祗譲先輩」
その様子を不思議に思った彩音。
「あ、ああ・・・それが・・・」
彰は携帯を彩音の前に持ってくる。そこに表示された名前は・・・
"三科 ひばり"
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
2人とも黙りこくるしかなかった。今日はクリスマス。デートのお誘いにきまっているではないか。しかも携帯は止まっては鳴り、止まっては鳴りを繰り返している。
すごい執念だ。
「ほ、ほら、豊先輩。今日招集されて喜んでる人もいますし・・・。大丈夫ですよ」
彩音は一人顔色の悪い彰を指差して、再度豊をフォローした。さすがの彩音でも携帯を怯えた目で見つめる彰をフォローする言葉が見当たらなかったからである。
「あれ?そういえばまだ翔がいないみたいなんですけど」
どうも静かだなと思ったら翔がいない。ちなみにこの当時は中学生だ。
「ああ、翔は今日の助っ人を迎えにいっているんだ」
「助っ人?」
「あら?あなたなんでこんなところにいるの?」
彩音が首をひねったのと同時に、入り口のほうから恵の声が聞こえてくる。電話が終わったのだろうか、と思って視線をやると・・・
「ああぁぁぁぁぁ!!」
次に聞こえたのは彩音の絶叫。知り合いどころか喫茶店のすべての人の視線が彩音に集まる。彩音の絶叫に引き寄せられるがごとく現れたその人こそが。
「やあ、楴柳」
日立 和弥、その人だった。当時の彩音はその存在は知ってはいたが、実際話したのはこれが初めてだった。
「な、なんで日立くんが・・・って、もしかして日立くんが助っ人!?」
「そうそう♪」
和也の返事に、さすがの彩音もこれには驚いた。まさが同じ学校に"そういう関係"の人がいようとは思わなかった。
「あれ?彰先輩?なんだか顔色悪くないですか?」
和弥は顔を青くした彰に気をとめる。この頃からすでに和弥はひばりに捕まり記事をかかされていたので彰のことはよく知っていた。
「か、和弥!?ネタはないぞっ」
「だれもそんなこと聞いてないじゃないですか。あれ?」
和弥が小さく鳴る携帯に視線をやった。
「彰先輩?携帯鳴ってますよ?」
嫌な質問にさらに顔色が悪くなった彰。言葉も出ない彰の変わりに彩音が口を開いた。 「ああ、これ、ひばりから・・・」
その言葉に和也の目が妖しく光ったのは気のせいなのだろうか。
「出ないんですか?彰先輩」
「ほ、ほら、俺忙しいし・・・」
「そうなんですか!?やった、これで次回の新聞の見出しが決まったぞ!! 見出しは『クリスマス熱烈ラブコール!!逃げる彰!!』これでよし!!」
「よくないっ!!」
そんなことになったらひばりになにをされるか・・・考えるだけで恐ろしい。彰の慌て様はかなりのものだ。
「で、説明、初めてもいいか?」
一部始終をしばらく見守っていた豊だったが、収集がつかなくなりそうだったので声をかけた。と言っている側から。
「おねーさーん。チョコパフェくださーい♪」
「翔!!パフェたのむなっ!!」
いつの間にかちゃっかり席につき、チョコレートパフェを頼んでいる翔を豊がたしなめる。理由としては、まじめな話にパフェが合わないという豊の概念からきているのだが、翔としては知ったことではない。
「だって豊にぃ、中学生はお腹が減るんだよっ♪」
と、豊を言いくるめてしまう。翔の謎のセリフで言いくるめられる豊も豊だが。
「まぁいい。今日は<白虎>の消息、もとい西の結界を発見したぞ」
「それで、どこにあるんですか?」
彩音が先をいそがせる。
「それが・・・どこ、というよりは・・・」
豊が少し戸惑ったように言う。というよりは面倒くさそうとでもいうのだろうか。
「範囲は皇居の西ほとんどなんだ・・・」
「それじゃあ大変だねっ♪♪」
まったく大変そうだと思っていないような口ぶりで、しかもパフェがこないかと気を撮られている様子の翔。
どっと力が抜けた様子で豊は鞄の中から一枚の地図を取り出した。その地図には赤いペンでいくつも線が引いてある。
その赤い線は幾つもの三角形をつくりだしており、まるで結界のように連なっているように見えた。
「地図をみればわかると思うんだが、なぜか熊野神社が東京の西に集中している。西にある熊野神社は10個あって、それらをつなぐと大きな三角形がいくつもできあがる。しかもそれが寸分の狂いもない正三角形だったり二等辺三角形だったりという非常に規則的な形なんだ」
「三角形は古代から魔除のシンボルだものね」
「呪術的に結界を張る一番単純なやりかたでもあるし、特に規則的な形であればあるほど重視されるものだからな」
説明になると専門的なことが多いので、ほとんど豊と恵と彰しか口を開かない。たまに翔が場をぶち壊すくらいで、あとの人間は聞いているしかない。
「熊野神社と天沼八幡が主なラインを形作り、あとの神社は結界の補佐のようなものなんだ。結界をより完璧なものにするためのな」
豊がいい調子で話しだすと・・・なんだか嫌な予感がする。
「見事につくられた三角形、西の結界のなんとすばらしいことだ」
和弥と翔以外の人間が一気にその身を豊から遠ざける。とは言ってもやっと来た翔はパフェを食べるのに忙しいだけだが。
「これをつくった呪術設計士、そしてそれを完璧にした結界師たち!我々はその見事なまでの結界を発見し、再び完璧なものにしようとしている!そう、我々が優秀な呪術師たちに追いつくことができたという証!!我々は先代を超えることができるのだぁぁぁぁ!!!!!」
「・・・・・・桶那先輩って・・・バカ?」
「うぐっ!」
はじめて豊の変貌ぶりを目にした和弥のきつい一言は、豊を現実に引き戻したようだ。
「ナイスつっこみ、日立くん」
自分が言いたくても言えなかったセリフをあっさり言ってもらえて、彩音は和弥に相づちを打つ。他の者達も和弥の言葉には力強く頷くばかりである。
「そんな事はいいから、私たちはどうすればいいのかを言ってもらえればいいんだけど」
「豊って、これがなければクールなのにな・・・」
「うっ・・・!」
恵と彰のさらなる攻撃に、動揺を隠しきれない豊だった。
「こ、こほん。そ、それでだな、23の神社のうちすべての熊野神社と天沼八幡には結界師を依頼しておいた。だが、結界師達の報告によると、それらにはなんら異常は見られなかったそうだ」
「と、いうことはそれ以外の神社に<白虎>がいるのね?」
だんだん恵と豊の会話になりつつある。
「そうなんだが、ここで問題が・・・」
「問題?」
もっぱら尋ね役の彩音が口を開いた。
「実は・・・結界師が人手不足で、あとの12の神社を俺達だけでまわることになったんだ・・・」
「12個もかっ!?」
彰は驚きを、もとい面倒だという思いを隠せず声をあげた。
「結界師も不況なんですか?」
彩音のほうはちょっとピントのずれた質問。
「別に不況じゃないんだが、もともと結界師はそれほど数の多いものじゃないし、年始の準備で全国に飛んでるんだ。ということで俺達を3つに分けて、12個全部まわることになってしまった」
「まぁ・・・、仕方ないか。で、どういう風に3つに分けるんだ?」
切り返しの早い彰。
「まず結界を張れるのが『地霊結界師』の彩音。いろいろ工夫すれば俺にも結界を張るのは可能だ。一応『呪術設計士』だからな」
「でもあと一人はどうするの?3つに分けるんでしょ?私も一応結界張れるけど、そんなに大きいものではないし・・・」
「それは・・・」
豊が言いかけたのを、ここぞとばかり和弥が豊を制すと彼は自信満々にすくっとその場に立ち始めた。
「フッフッフ、それは僕の出番になりますね!!」
「かずにぃは結界師なんだよねっ」
「そ、そんなあっさり・・・」
本人もっとかっこよく名乗り出るつもりが、翔にあっさりばらされて少しばかりへこんだ。
「へぇ、日立くんって結界師なんだぁ」
と、ほかの人たちにも非常にあっさり受け流され、さらに和弥は落ち込んだ。全員その関係の人物なのだから驚かないのも当然といえば当然だが。
「で、まずチームを彩音、和弥、俺の3つに分ける。まず和弥はまだ半人前だから恵さんについていってもらえますか?」
「ええ、いいわよ」
恵に確認をとって話をさらに進める。和弥は"半人前"について一人ぶつぶつ言っているが、それは無視された。
「あとは彰と翔なんだが、彰を連れていくともれなく鳳がついてくる」
鳳魁士は彰を目の敵にしているから、彰のところに現れるに違いない。思い浮かべれば「祗譲!勝負だ!」という言葉が聞こえてきそうだ。
「ああ、そうだな。魁士のことだから俺と戦おうとするに違いない」
「つまり、鳳は彰しか見えてない。だからその他の人間は安全ということになり、必然的に彩音といってもらう。彩音にしか白虎との交信は不可能だからな」
「はい、わかりました」
こくりと頷く彩音と彰。
「で、最後は俺と翔だな。」
「あっ、つまり僕たち残りものなんだねっ、豊にぃ♪」
「俺は残りものじゃないっ」
どうしても翔が話すとシリアスな雰囲気が壊れていくようだ。
「そういうわけで、一組につき4つの神社をまわってくれ。詳細はここに書いてある」
豊が白い紙を全員に渡す。それにはどこの神社に誰が行くか、しっかり書いてある。なんて用意がいいんだろうか。こういうところで非常にマメな豊である。
「各チームとも時間当は話し合って決めてくれ。もちろん見つかるとまずいから、いつも通り夜中の行動だけどな」
何気なく豊の言葉を聞いていた彩音は、ふとある事に気付き眉間に皺を寄せた。
「そういえば豊先輩、<白虎>はどこにいるかわかんないんですよね?」
「わからん」
「で、結界師さんたちが人手不足で回りきれなかった12の神社に白虎がいるんですよね?」
「人手不足を強調するな。が、まあそうだな」
「普通は普通の結界師さんたちじゃ結界がはれなかったところに白虎がいるんですよね?」
「普通の結界師の実力じゃ、四神に対しては力が足りないからな」
「つまりは私がいかないとダメなわけですよね?」
「そうだな」
「この中で私以外が見つけたらどうするんですか?」
「どっちにしろ俺達じゃ白虎は呼び出せないから、見つけたら彩音に連絡いれればいいんじゃないか?」
「まあそうなんですけど。でも彼ら、来ますよね?ほら、結界を破壊する人たち。私がつく前に結界を破壊されたらまずいんじゃないですか?」
「それは・・・まあなんとかなるだろ」
「・・・結構適当ですね、豊先輩。まあいいですけど」
東京を守るにしては非常に適当な計画が発令され、予定時刻、作戦は決行を迎えた・・・。
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