呪術-結界陣

<青龍>










 ――ここは‥‥?――

 彩音は見知らぬ所に立っていた。ここは光の射さない暗い場所・・・。ただ、なぜか足下はよく見える。どうやら自分は石畳の上に立っているようだ。
 何かに導かれるように石畳を進むと、目の前には一本の桜が浮かび上がる。美しくも妖しい、大きな桜が散っていく。

 桜のほかにはなにもない。ただ"闇"・・・。

 少し心細くなってきた彩音だったが、ふと、なにかに包まれている気がした。それはとてもあたたかいもの。姿は見えなくてもそれがなんであるか、彩音にはわかった。
 心の中に映像だけが飛び込んでくる。

  それは、その姿は・・・。



 ――龍――







 4月の清清しい朝。普段と同じように朝食の支度をする美里の耳にけたたましい音が飛び込んできた。毎度おなじみの、階段をかけおりる音。

 「おはよう、彩音。」
 焦る様子もなく、朝の挨拶を彩音にかける。
 「おはよっ!!母さんっ!!!」
 かなり焦っているようだ。それはそうだろう。本日は始業式。始業式から遅れたのでは話にならない。遅刻の常習犯の彩音でも、さすがに高校2年生初日くらいは焦るようだ。
 ちなみにいつもは遅刻しようが何しようが、寸分の焦りもみせない。それはそれである意味すごい、と美里は思う。


 「いってきま〜す!!」
 気が付けば、彩音は美里が作っておいてくれたおにぎりを持って勢いよく飛び出していった。
 美里はいっつも遅刻する彩音のために、わざわざおにぎりを用意するのが日課になってしまった。あまり好ましいことではないのだがしかたない。

 嵐のように駆け抜けていった彩音を見送ると、美里は部屋の端に置かれていた一枚の写真を手にとって懐かしそうに目を細めた。
  「あなた・・・」
 その写真は美里の夫、昇一の写真。昇一は、写真のなかで、万遍の笑みを浮かべている。写真に写る最愛の人に、美里は一言。
「彩音は・・・、立派にやっていますよ」
 その言葉に、この世にはいないはずの昇一が、なぜか笑った気がした。






 ―千代田区 都立櫻花(おうか)高校―


 急ぎに急いで、彩音はなんとか始業ベルの10分前に到着する事に成功した。今日は雲一つない天気だからだろうか。妙に清々しい気持ちになる。

 「おはよう、彩音」
 息を切らせて校門を駆け抜けてきた彩音を、高校に入った時からの親友、東 美代が呼びとめた。
 「おはよ、もうクラス発表見た?」
 「ううん、まだ。一緒に見ようかと思って。あと1分遅かったら先に見てたけど」
 その言葉にハッとして、2人は走り出した。あと9分ほどで始業式がはじまるのを思い出したからである。

 もうすでに周りに人はいない。みんなすでに体育館に集合してるのだろう。広い校庭のはじっこにぽつんと置かれたクラス発表の掲示板。彩音は一生懸命自分の名前を探す。
 「あ、あった。私、2-Cだ」
 「彩音も?私もC組!!」
 楴柳彩音と東美代、確かに2人の名前がC組の欄にあった。2人そろってC組だったのは運がよかったとしか思えない。歓喜の表情を浮かべる美代などまったく気づかないかのように、彩音はまだクラス表をみている。
 (あの人は‥‥?)
 そう思いながら必死で名前を探してはいるが、別にその人のことを好きなわけではない。知っておかないとなにかと不便だからだ、そう、なにかと・・・。

 (祗譲先輩は3-Aか)


 「お、彩音。今日も遅刻ギリギリか?」

 急に後ろから男の声がかかった。振り返らなくてもわかる。この声は・・・。
 「あ、おはようございます、祗譲先輩」
 祗譲 彰(しじょう あきら)。先程彩音が探していたその人だった。彼は造りのよい顔に笑みをたたえてこちらを見ている。
 「今日は10分も前にきましたよっ!!いっつも遅刻ばっかしてませんって」
 彩音は得意げに答えたが、いばるようなことではない。
 「もう始業式始まるぞ。急げよ」
 「はいっ」
 1人でじっくり考えていた彩音は、ハッとして彰の言葉にうなずくと、彰"達"は体育館へと歩いていってしまった。


 祗譲彰。この学園きっての有名人。彼は有名な高校生モデルで、その類い稀なる容姿の為他校からもファンが殺到するほどだ。この学校内ではもちろん彼のファンクラブなるものが結成され、もちろん今日も・・・大勢の女の子たちが彼の後ろについてぞろぞろと歩いている。まるで蟻の行列・・・。
 最初は驚いたが、1年間これをみていると、さすがにもう慣れてしまうものだ。人間の適応能力とはすばらしい、と彩音は1人感心する。


 と、そこへ嫌な足音が聞こえてきた。この後ろから迫ってくる軍隊並みに揃った足音。そう、彼女しかいない。
 「あ〜ら、おはよう。楴柳さんっ」
 後ろから嫌みがかった挨拶が飛んできて、振り向かずしてその人物が誰だかわかってしまう自分を悲しく思ってしまう今日この頃である。
 「ああ、会長昇進おめでとうございます。三科(みしな) ひばりさん」
 嫌がらせのごとく、相手の名をフルネームでよんでやった。そこにはふんぞり返ってこちらを見ている少女と、他三人がいた。三科ひばりは彩音のクラスメイト。どこかの社長令嬢なんだそうだ。彩音も詳しくは知らないし、知ろうとも特には思わない。知っているのは最近『彰ファンクラブの会長』に昇進したらしいということだけ。だからなのか、普段からえらそうな彼女はひときわ偉そうに見えた。

  「いいこと?楴柳さん。このワタクシが会長に昇進したからには、これまでのような暴挙はゆるさなくってよっ!?」
 暴挙、すなわち彰と話すことである。
 「去年までは恵様の御慈悲でやってこられたあなたですけど、今年はそうはいきませんわよっ!!わかりましてっ!!!?」
 「あー、はいはい」
 すでに彩音は『適当にあしらいモード』に入っている。そうしておけば、ひばりはひとりで話して勝手に去っていくことを、長年(1年)の経験から身をもって学んだのだ。
 「そうそう、ちなみにあなたとは同じのクラスのようですわ。光栄に思うことね。お〜ほっほっほっ☆」
 案の定後ろのその他三人を引き連れて、1人完結して去っていってしまった。
 (しかし、ひばりと同じクラスだとは・・・)
  彩音は先を思ってがっくりと肩をおろす。


 「彩音〜。もう終った??」
 遠くの方で美代が弱々しい声で彩音を呼んだ。
  「なにやってんの?美代」
 美代はおずおずと彩音のほうへ寄ってくる。
 「だ、だって、なんだか怖いから・・・」
 「ああ、ひばりね。免疫できるまでの辛抱だって」
 ひばりのあのキャラクターに最初からついていける者は少ない。彩音もひばりにびびりまくってた時期があったものだ。
 「でも祗譲先輩、今日もかっこよかったよね〜。いいなぁ、彩音。仲よくって」
 「・・・え?」
 今はっきりと嫌そうな顔をしたのを、美代は見のがさなかった。彩音の「え?」という一文字の中に、
  (祗譲先輩、かっこいいかなぁ?まあ確かに顔はいいけど結構へたれなんだよね。それに仲はいいんだけど、うらやましいってほどじゃないような・・・。しかし私と祗譲先輩と付き合ってるなんて噂がたったこともあるしなぁ。・・・絶対無理。祗譲先輩、タイプじゃないもん)
  などという意味が含まれているなど、美代は気付くはずもなかった。ふとチャイムの音が響く。2人は顔を見合わせると慌てて体育館へと走っていった。






 なんとか無事始業式を遅刻せずに終えた彩音は、HRが終わると同時に帰り仕度を始めていた。と、いうより、彰のところへ行こうとしていた。今朝の不思議な夢のことを相談しようと思っていたのだ。
 いつも一緒の美代には先に帰ってもらい、彩音は1人で教室をでる。美代を連れて行けないのは、自分達がしている事を一般人には知られたくないから。
 (確か、3-Aだったはず)
 さっきの記憶を掘り起こして、彩音はなれない3年の校舎へと足を運ぶことにした。

 だが、3-Aに彰はいなかった。彩音には、いないであろうということは予想がついていた。彰は学校が終ると決まって屋上に行く事を知っているから。・・・精神集中する為に。
 3-Aはすぐ諦めて、彩音は屋上へと向かおうとした。

 「おい、楴柳」
 「あ、池沼(ちしょう)先生」
 前から眼鏡でちょっと小太りの男性が近付いてくる。担任の池沼 瞬時(しゅんじ)だ。池沼は1年のときも彩音の担任で、話しやすいから彩音は好きだった。
 「お前、始業式ギリギリだったな。今年も出足不調ってとこか?」
 「間に合っただけマシってもんです。どう考えても出足好調ですよっ」
 なんか、今日は同じことばかり言われるような気がする・・・。
 「そういえば、三科がやけに上機嫌で帰っていったが・・・なんかあったのか?」
 「うーん、多分祗譲先輩と話しでもしたんじゃないですか?」
 あのひばりがご機嫌になるなんて、そのくらいしか思いつかない。
 「そ、そうか。そういえばさっき祗譲にあったぞ。向こうの方へ行ったみたいだが」
 池沼先生の指指した方向は、まさに屋上への道だ。
 「じゃあ、お前もはやく帰れよ」
 池沼先生もどうやらひばりに気押されしているようで、苦笑いしながら去っていった。それを見送って、彩音も屋上へと急ぐ


 三年の校舎から階段を一つのぼったところに屋上への入り口がある。鉄製の扉を力を込めて開けると、視線の先に人陰が見えた。
 「祗譲先輩!!」
 やはり彰はここにいた。精神を集中しているのか、答えはかえってこない。彩音は彰の集中をさまたげぬよう、静かに近寄った。風をうけた佇む姿は確かにかっこいい。ひばりたちが熱をあげるのもわかる気がする。しかしこんな場面を見られたら『彰ファンクラブ』なるものに闇討ちでもされそうだ。

  「・・・ヤツら。まだ動く気配はなさそうだ。」
 彰が静かに口を開いた。彰はいつもここから"ヤツら"の動きを探っている。人より強い気を持っているから探りやすいとよく彰が言っていた。人の気を察知し、居場所を知ることができる"感知能力"。それが彰の能力。
 「で、どうしたんだ?探してたんだろ?」
 彰が彩音に質問する。感知能力でうろうろしていたのがばれたらしい。わかってたなら携帯ででも呼んでほしいよ、と彩音は思ったが口にはださなかった。

 「はい、実は変な夢をみて‥‥」
 「夢?」
 「そうなんです。すごく大きな桜の木の下に立っていたら、そこから龍が出てくる夢なんですよ」
 「龍か・・・」
 彰は少し考えた顔をする。
 「そうか、とりあえず全員召集だな。その夢はきっと、<青龍>が出現する予兆だろうから」
 彩音は黙ってうなずく。
 「しかし彩音の能力も高まってきたのかもしれないな。ビンゴだよ、その夢」
 「?」
 「豊からついさっきメールがあった。話があるってさ」
 「あ、本当ですか?じゃあ・・・」
 「ああ、きっと青龍の場所を突き止めたんだろう。さっそく集合かかったよ」
 「じゃあいつもの喫茶店?」
 「そう。じゃ、行くか」
 「はい!」
 そして彼等はいつもの喫茶店に向かって歩き出した。そんな中、彩音は・・・
 (こんなところ彰ファンクラブに見られでもしたら私の人生終わりって感じかな?・・・あー、怖っ)
 などと考えていたことなど、彰は知る由もなかった。





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