呪術-結界陣

<青龍>










 時計は夜中の一時を回った。あたりには暗闇が立ちこめ、人影はない。紅い鳥居から石畳が続いており、奥にはただ闇。

 揺らぎのない静かな闇夜。月明かりの照らす中、彼らは現れる。


 「恵さん、今日の運勢はどうですか?」
 「バッチリよ。失敗はないわ」
 恵の占い結果に豊は微笑で返した。

 「あきにぃ、今日もあの人たちくるのかなぁ」
 「来るに決まってんだろ。しっかり時間稼げよ」
 「うん、わかってるよ」
 兄弟は決意を込めて頷きあった。彰はばきっと手を鳴らす。


 一方、彩音は意識を集中させていた。青龍の居場所がまだ感じられない。青龍はここ、『熊野神社』にいる。それはわかる。

 ならばどこに・・・?


 

 「じゃあ、行くか。ヤツらに気をつけろよ」
 実はリーダーである彰の言葉を受けて頷き合うと、彼らは闇に包まれた神社へと足を踏み入れた。

 鳥居をくぐると、石畳が境内までかなりの距離にわたって作られていた。奥にぼんやりと本堂が見える。
 闇というのは不思議で、ただ先が見えないだけで心の中に恐怖が宿る。彩音の胸は鼓動を早めた。


 「ふ〜ん、そうなんだぁ。わかった。ありがとうね」
 突如聞こえた声にどきっとする彩音。視線を動かせば話をしているのは翔。にこにこと誰かと話している。"霊能力者"の翔のことだ。相手はもちろん・・・。

 「おっ、お前。今話してただろっ!!!」
 彰が目に見えてうろたえる。彰とは対照的に翔は笑顔で答えた。
 「うんっ、今のはね、ここにいつも参拝にきていたおばあちゃんだよっ」
 "来ていた"と、過去形なのは気に留めてはいけないところだ。

 ちなみに、彰は極度の幽霊嫌い。学校ではいつも笑顔の彰だけに、
 (この姿なっさけない姿をひばりにみせてあげたいなぁ)
 などと考えながら、彩音は密かに笑う。
 「今のおばあちゃんね、ここの裏手の方で龍をみたんだって。」
 "今の"といわれてるも困るのだが、とりあえず裏手にいるのだということがわかった。翔の能力はこういう時にとても役に立つ。他では怖いだけだが。


 その時、彰の"感知能力"がなにかを捕らえた。

 「ヤツら、きたぞ」

 彰が後ろを振り返る。視線の先には確かに数人の人影。一番大きな影は、彰に向かってその歩みを進めている。
 「祗譲!!今日こそ勝負をつけてやるっ!!!」
 「お、魁士。お前もしっつこいな」
 「馴れ馴れしく呼ぶな!」
 明かりに照らされたのは鳳魁士。因縁の男-祗譲彰-を目の前にして、手にした木刀に力がこもる。


 「先に行け、彩音!!」
 「はいっ!!!」
 短く返事をして彩音は走り出した。

 「蒼刃っ!」
 魁士が叫ぶと、隣にいた細身の男-秋月蒼刃-が、あっという間に彰たちの横をすり抜けていった。
 「私が追うわ、あとよろしくね!!」
 恵はさらにそれを追って走り出す。

 「俺はこの熊野の結界を守る為にご神体を確保しにいってくるぞ!」
 「おう、豊!頼んだぞ!」
 そういうと豊は見かけよりも軽やかな動きで本堂に向かって走りだした。


 「私はどういたしましょう。蒼刃の助太刀にいきますか?」
 魁士の横についていたのは-秋月氷鏡-。
 「いや、あいつならいい。お前は俺と祗譲の戦いを邪魔するやつらを引き受けろ」
 氷鏡は黙って頷く。柔らかい笑みをたたえながら、視線を向けた先は・・・翔。



 「じゃあ、やるか。魁士」
 彰が構える。
 「あたりまえだ。俺の相手はお前だと決まっている」
 家が因縁の仲。最初はその程度だった。だが彰と何度か交える度に、彰を倒すことは"魁士"の目標となった。武道の彰、剣道の魁士。二人の勝負は一度も決着がついたことはない。ただ目の前の相手を倒したい、その思いで魁士も木刀を構える。
 「いくぞ!祗譲っ!!!」
 魁士のかけ声とともに、二人の戦いは始まった。



 「知ってると思うけど、僕にはきかないよっ。普通の催眠術」
 翔はにこにこ笑って言ってのける。視線の先で、氷鏡も笑顔を見せる。
 「存じあげています。あなたが催眠を受けつけないよう、催眠をかけられていることは」
 "催眠術師"、それが氷鏡の肩書きであり能力。

 こうして氷鏡と戦いを交えるのは始めてではない。以前氷鏡と戦ったとき、翔は催眠術にやぶれた。その後すぐに高名な催眠術師のところで催眠がきかないような催眠をかけてもらった。
 あの時の翔はいつものように笑っていた。でも本当は、心の芯まで悔しくて溜まらなかった。もう二度と負けたくなかった。ただその一心だった。


 「あなたに負けてはいけないと思って、新しい術をもってまいりました」
 氷鏡は手に握られた巻き物のような物を、翔の前で広げた。翔が目を凝らすと、それには水墨画の虎が描いてあった。
 「よく見てください」
 描かれた墨の虎は、突然意思をもったかのように巻物の中を自由に動き回り始める。
 「うわっ!!本物っ!!?」
 異様な光景に、翔は思わず声を上げた。

 「さあ、これからあなたに襲いかかります」
 その言葉呼応したように、虎は巻物を飛び出し翔に襲いかかった。
 「うわっ」
 寸でのところで虎を避けた翔。虎が出てきた時、催眠術かと思った。だが、虎がすり抜けていった時に感じた風、リアルな鼓動。どれをとっても催眠術とは思えなかった。
 「な、なんなの、あれ」
 思わずつぶやいた声に答えなんて返ってこないと思っていた。だが。

 「これが私の能力。私は本来"呪画師(じゅがし)"なんですよ」
 「呪画師・・・」
 それには聞き覚えがあった。霊力を込めた画を霊的に実体化させ、術者の思うがままに動かすことのできる能力を有する者、それが呪画師。
 「まっさかそんな隠し球があるなんて、思いもしなかったよー。でも・・・」
 翔は今にも襲いかかろうと牙を剥く虎をしっかりと見据えた。

 「僕も本来は・・・こっちが本業なんだよね!」
 翔の声と共に、背後から武者が現れる。半分身体の透けた武者は虎に向かっていくと、腰の刀を抜き放つ。

 「守護霊召還・・・」
 事の様子を見ていた氷鏡が呟く。自分の守護霊を召還し、戦わせることのできる能力。翔がその能力を使っているのなら、召還されたのはまぎれもなく翔の守護霊。
 武者の霊。翔の祖父-龍時(りゅうじ)-。

 氷鏡の虎と、翔の守護霊。呪力と意思の強さで勝敗が決まる勝負は、まだ始まったばかりだった。




 「君は・・・」
 本堂に辿り着いた豊を待っていたのは、賽銭箱の上に座る少女だった。髪は金に染め上げられており、この夜中にも関わらず制服を着用していた。普通ならありえない光景かもしれない。
 (あれは確か柳条高校の制服・・・)
 豊が掘り起こした記憶によれば、彼女が着る制服は魁士と同じ柳条高校の制服。

 実際、豊は何度か彼女と会ったことがあった。"彼ら"の仲間の少女、名を蜃桧 雅(しんかい みやび)と言ったはずだ。

 「君はなぜ破壊しようとする」
 豊の問いかけに、雅はさも面倒くさそうに豊を見やると賽銭箱からおりた。
 「だってめんどくさいじゃん。こんな世の中生きてくのってさ。"先"が見えちゃったらつまんないじゃん?」

 雅は"予知能力者"。未来が見える、それを望む者もいるかもしれない。だが、雅は望んではいなかった。
 見えすぎる未来は、希望を失わせる・・・。

 「ハッキリ言って破壊すんのもめんどくさいのよねぇ。破壊なんてしなくても同じことじゃん?ただ、やることないしー、ヒマだから」
 豊は翔の時とはまた違った呆れを感じた。暇で東京破壊されたらたまったものではない。
 「君は、なにがそんなに気にいらないんだ?」
 「別に。全部」
 軽い言葉とは裏腹に、一瞬雅の表情に影が落ちたのを豊は見逃す事ができなかった。

 「さみしいだけ、なんじゃないか?」

 その言葉が終わると同時に、雅の平手が鳴った。かしゃん、と乾いた音を立てて眼鏡が地に落ちる。
 「大きなお世話よ!!あんたなんかになにがわかるってのよっ!!!!」
 癇癪を起こし始めた雅を無視する形で、豊は落ちた眼鏡を拾い上げた。叩かれた頬はじんと熱を持ち始めてきた。
 眼鏡をかけて雅を見ると、どこか泣きそうな顔に見えた。

 「・・・君の気持ちはわからない。だが、東京を守ることが俺の使命、ただそれだけだ
。・・・どいてくれ」

 静かに語りかける。豊の言葉に、雅は答えなかった。豊が横をすりぬけて本堂に向かっても、彼女はその場を動くことはなかった。





 「痛っ!!」
 彩音は蒼刃に腕を掴まれ、先に進めなくなっていた。右腕をねじり上げられ、骨がきしみ、痛みが走る。
 「君に行ってもらっては困るんだ。僕がこの結界を破壊してしまうまで・・・」

 蒼刃は結界を張る能力を持つ結界師の中でも上位の力を持つ"上級結界師"。
 その能力は群を抜くほど素晴らしいものだったが、家をでてからの彼は"反(アンチ)結界師"として結界を破壊する側に立った。

 結界の破壊は恐ろしいもの。一度結界が完全に破壊されると、その地に住む地霊はよりよい地を探そうとでていってしまう。
 地霊の守護を失った土地にもはや結界は張れない。地霊の力あっての結界なのだから。地霊がその地に再び戻ってくるまで、そこは守護のない荒れた土地・・・。


 「秋月先輩・・・」
 彩音が蒼刃を呼ぶ。蒼刃を先輩づけで呼ぶのは出会ったときからだ。
 「君には・・・悪いけど、これが僕の仕事だから」
 「仕事・・・?」
 「そう、破壊することが僕の仕事であり・・・復讐なんだ」
 「復讐・・・されると、東京、無くなっちゃうんですよ?」
 「知ってるさ・・・。それでも、やめるわけにはいかない・・・」

 腕を後ろでねじられいて蒼刃の顔は見えない。わかるのはその声だけ。こんな時なのに、彼の綺麗な声は心地よく耳に届く。でもこの声は、少し寂しい。
 「なら、君は・・・なんで東京を守ろうとする?この都市を・・・」
 突然の質問に、彩音は戸惑った。東京を守る、その言葉にどこか自分の中に違和感が湧く。

 「別に東京を守ってるつもり、ないですよ。うちは普通の家庭だったし、父が"地霊結界師"だったなんて、みんなに聞くまでしらなかったくらいです。だからみんなみたいにこれが使命だとか、立派なことはいえないし、思ってないし・・・。難しいこと考えるの、あんまり好きじゃないんです。ただ・・・」

 守りたいものがある。


 「大切な人が、いるから」



 蒼刃は自分よりも小さな彼女に圧倒される自分を感じていた。蒼刃自身、どうして彼女にあんな質問をしたのかわからなかった。ただ聞かなくても結界さえ破壊できればそれで終わりのはずだったのに・・・。

 「先輩」
 その声にどきりと心臓が鳴った。


 「先輩には大切な人、いませんか?守りたいもの、ありませんか?」


 糾弾するでもなく、責めるでもなく、彼女はただ訪ねてくる。


 守りたいものなんてない。大切な人なんていない。
 確かに姉である氷鏡は大切な存在かもしれない。だが守りたいわけではない。同じ道を進みたいと思うだけ。

 大切な人なんて、いない。

 それなのに、どうして彼女の質問はこうまで心を揺さぶるのだろう。



 「僕は・・・」


 かろうじて絞り出した言葉のその先は、出てこなかった。




 「彩音をはなしてっ!!」
 言葉を紡げなかった蒼刃は、恵の声で我に返った。
 「あなたの相手は私がするわ。彩音を離して」
 「・・・・・・」

 まさかこの状況で解放されるわけはないと彩音は思っていたが、意外にも自分を拘束していた力がふっと緩むのを感じた。解放されると同時に蒼刃から離れる彩音。不思議に思って蒼刃に向き直る。その双眸と、目が合った。

 深い深い漆黒の瞳は、迷いを抱えた色をしていた。


 かけるべき言葉は見つからない。それに、今はやらなければならないことが彩音にはある。すぐに神社裏を目指して走り出す。気になってもう一度振り返ってみた。

 目が、合った。

 蒼刃は気になったが、今は青龍が先だと彩音は首を振ってさらに走った。



 蒼刃はいつまでもただ彼女を見送っていた。
 追いかけなければいけないのに、足がでない。結界を破壊しなければならないのに、破壊する気が起こらない。心の中に一つ、また一つと迷いが生じる。

 ただ彼女なら何かを知っているような気がして・・・一歩を踏み出した時、足先にぴりっと痛みが走った。
 「これは・・・?」
 「ここにはね、私が昼に来ていたるところに結界発動装置を作っておいたのよ。彩音のジャマをさせないようにね」
 恵の説明を受けて、蒼刃は意識を集中した。確かに、結界が見える。いつもなら見逃すはずのない結界。なのに今は見逃した。よほど注意散漫だったのだと苦笑せざるを得なかった。

 「さすが楴柳家の守護一家。結界も作れるんですね」
 希羅家は"地霊結界師"を守護する家系だ。彩音にはまだ知らせてはいないが・・・。
 「さすが、と言いたいところですが・・・僕は、反結界師ですから」
 それだけいうと、蒼刃は呪法を唱え始める。それと同時に結界が薄れていくのが恵に見えた。
 (さすが"上級結界師"。こんな結界じゃ、少ししか足止めできないっ)
 後は彩音にかかっている。

 (彼がつく前に、はやく・・・)





 その彩音は、1本の桜の木の前にいた。もう何百年とここに立っているのだろうか。とても立派な桜の木だ。
 花びらが少しづつ散って、桜の絨毯ができている。その様は、とても美しい。

 これは夢と同じ桜。

 彩音は確信した。
 ここに<青龍>がいると。





 蒼刃がそこにたどりついたときにはもう遅かった。桜は青いオーラを放っている。青龍が目覚めようとしているのだ。
 ここまできてしまうと、もう手の施しようがない。

(もう、今日はひいたほうがいいな・・・)

 蒼刃は踵を返して、魁士の元へ戻ろうと桜の木に背を向ける。

 だが蒼刃はもう一度振り返った。

 桜の放つ青いオーラは、桜の下で祈る彩音をも青く輝かせていく。それはとても神聖で、美しいものに見えた。





 青い輝きは線となって空を突き抜ける。その光は戦う者達の目にも映った。
 「青龍の光・・・か。祗譲!!今日の所は見のがしておいてやるぞ!」
 青龍の目覚めを悟った魁士は戦いの途中であったが、撤退やむなしと悟った。
 「全員撤退だっ!!!」
 大声で叫ぶと、それぞれの戦いを中断して彼らは撤退していく。

 ある者は名残り惜しそうに、またある者は悩み、それぞれの思いを抱きながら。



 『熊野神社』は激しい光に包まれた。
 その光の中、うっすらと、巨大な影が天へ向かって昇天していったのを、全員が目にした。

 その姿は、青く神々しく輝く、龍だった。





 「無事結界もはれたし、青龍も復活したし、いうことないですね」
 大役を終えて、彩音は満足げに言った。

 「え?そう??僕はお腹空いちゃったなぁ」
 「あ、そういえばっ、お腹すいた・・・」
 「でしょ?だから、あやねぇ。これからなにか食べたいよねっ」
 「うんうん、食べたいっ」
 すっかり今が夜中だということを忘れて、すっかり食べにいく気になっている彩 音と翔。

 「お前ら、本気か?」
 豊がちょっとはれた顔で問い返す。
 「こんな時間に食べると太るわよ、彩音」
 「うっ」
 恵の言葉にちょっと食べる気が失せた彩音だったが、やはし食欲には負けるようで、
いつの間にやらファミレスに行くことになってしまった。

「お前ら、明日学校だぞ」

 彰の一言で一瞬現実に返った二人だったが、結局全員ファミレスで夜を明かしてしまい、ガタガタになったことは言うまでもない。

 




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