東京の一画に、純日本家屋の邸宅がある。そこは豪邸と言えるだけの広さを持ち、庭には日本の香りが漂っていた。
木彫りの表札には『鳳』と掲げられている。
立派に造られた門をくぐり、庭を少し歩いてやっと玄関が見えてくる。玄関までくると"彼"は少し戸惑った。
まだ少し、この家に、慣れてない。
「・・・ただいま」
控えめに帰りを告げる彼は秋月 蒼刃(あきづき そうは)という。港区にある、全国でも有数の進学校、楓橋(ふうきょう)高校の3年に在籍している。
白い肌に黒髪が映え、表情はつねに一定。クールともいえる雰囲気を持つ彼は、現在鳳家に居候している。
そして・・・
「お帰りなさい、蒼刃」
蒼刃の声を聞きつけて、蒼刃によく似た女性が現れる。彼女は蒼刃の双子の姉、秋月 氷鏡(あきづき ひきょう)。
蒼刃と同じく楓橋高校の三年生。蒼刃とは違い、彼女は柔和な笑顔を絶やさない。冷静で温和で・・・秋月氷鏡とはそういう人物であった。
蒼刃と氷鏡は『結界師』である秋月家の者。秋月家は"結界師"の家系。しかも政府公認の『結界師』の中でも上位の『上級結界師』なのだ。蒼刃も幼い頃から結界師としての修行を受けてきた。
しかし、愛情というものを見せてくれなかった父と母にたえかねて、二人は家をでた。
「姉さん。魁士さんは?」
蒼刃は靴を脱ぐと、自分によく似た姉に訪ねた。魁士、というのはこの家の主、鳳 魁士(おおとり かいし)の事だ。家出した姉弟を拾ってくれた恩人でもある。
「魁士様なら剣道場にいると思うけど・・・"仕事"?」
「・・・・・・」
蒼刃は何も言わないが、その表情を見れば言いたい事はすぐにわかる。双子、だからなのだろうか。
「・・・そう。なら早く伝えてあげて」
「ああ」
短く返事をすると、蒼刃は剣道場に歩みを向けた。
鳳家は見かけも広いが中も広い。同じ屋内だというのに、剣道場に辿り着くまで数分を要する。剣道場に近づくと、風を切るような音が響いてくる。きっと魁士が素振りをしている音だろう。
鳳魁士という人間はとことん真面目で、剣道の練習を欠かしたことがないという。それもすべて目的あってのことだが、それでも目標に向かって努力できる魁士を素直に尊敬している蒼刃である。
剣道場の前までくると、とたんをノックする。
「失礼します」
声をかけて入室すると、そこには袴姿で体格のよい男が素振りをしていた。彼こそが鳳魁士、その人である。
彼は台東区柳条(りゅうじょう)高校の3年。祗条彰と同じ、『感知能力』の持ち主である。
彼の入室を知ると、魁士はその手を止めた。
「蒼刃か、どうした?」
引き締まった表情。魁士はその真面目な性格ゆえか、あまりくだけた表情は見せない。いつも渋い顔で眉間に皺を寄せていることのほうが多い。
「魁士さん。・・・仕事です」
「・・・そうか。なら祗条もくるんだな」
魁士の眉間にはさらに深い皺が刻まれていく。
魁士は鳳家の長男。鳳は祗譲の分家である。
もう何代も前、長男以外は家から半ば追い出されるように祗譲家を去り、鳳と名前を変えた。ちょうど今の彰と翔のように。
それ以来、鳳家は祗譲家を倒すことを目的としている。
魁士も祗譲家を、つまり彰を倒すことを生き甲斐にしているようで、彰と魁士は何度か戦うことがあった。ただ実力が同じくらいなので、決着がついたことはないが。
「政府側は岩渕水門近くの熊野神社に目をつけたようです。そこに青龍が眠っているのではないか、というのが"本部"の見方です」
「ふむ」
「今夜あたりに『呪術設計士』が直々に熊野にくるのではないか、と」
「それは本部の偵察じゃなくて"雅"からの情報か?」
「ええ」
"雅"というのは彼らの仲間で「蜃桧 雅」という女子高生のこと。彼女は特異な能力、『予知能力』を有している。彼女の予知はほぼ外れた事がなく、彼女の情報はかなり信頼できた。
「なら我々も熊野に赴くしかないな。俺は祗譲との決着を今日こそつけてやる」
「そうですね・・・。青龍の復活は、阻止しますよ」
彩音達は『結界を守る者』
蒼刃達は『結界を壊す者』
二つの大きな波が今日、熊野で交わる。
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